雨上がりにふと感じる土の匂い。アスファルトが冷える匂い。
この「匂い」は、実は言葉でも写真でも完全には置き換えられません。
科学的には「ペトリコール」と呼ばれ、
雨と地面の成分が空気に立ち上る現象とされています。
しかし映像制作で、この匂いを視覚・音響・時間感覚の組み合わせで
表現できないかという挑戦ができます。

雨上がりの“見える情報”は3つに分解できる
映像で匂いを扱うには、「見えるもの」を抽出して構造化する必要があります。
| 見える要素 | 具体例 | 匂いの印象との関係 |
| 濡れた地面 | 濃淡のムラ、反射 | 土やアスファルトの香り |
| 光のにじみ | 車のヘッドライト、街灯 | 湿度と空気の密度 |
| 靴音の残響 | 水たまりを踏む音 | 雨の余韻そのもの |
匂いを直接写せなくても、
“匂いと同時に起きている現象”を撮ることで別の経路から再現が可能です。
音は「香りの記憶」に近い
映像表現において、音はしばしば匂いの代わりになります。
・水が地面に落ちる柔らかさ
・溜まった雨を踏む低い響き
・通り過ぎる自転車のタイヤが切る水音
これらは「いい匂いだ」と同じ脳領域を刺激します。
音で誘発される感覚は、映像における感覚補完装置として有効です。
カメラワークで“湿度”を写す
湿度は見えづらい要素ですが、撮り方で印象は変わります。
たとえば、
- 低い位置から地面へピントを合わせる
→ 空気の重さと、地面の温度差が伝わる - 水たまりだけでカットを構成
→ 情報量が少ないほど「匂い」を意識する - 動きを抑え、静止時間を長くする
→ 視聴者の呼吸が整う=嗅覚に近い体感へ
つまり湿度とは
画面に残る「静けさ」そのものとして表現が成立するということです。
香りを伝える映像は“感覚の翻訳”である
雨の匂いを映像化することは、匂いそのものを再現するのではなく
匂いにつながる感覚を別の感覚に翻訳する行為といえます。
映像は五感の1つしか扱えないように見えて、
実際には五感を補完する設計ができます。
雨上がりの匂いとは、
- 地面の暗さ
- 水の残り方
- 跳ねる音
- 空気の密度
- 靴底の湿り方
これらの断片が揃うと、脳内に“確かにあった匂い”が沸きあがってきます。
雨の匂いは香りそのものではなく「記憶と結びついた感覚」です。
なので映像表現では、匂いの代わりに、光・音・水分・温度感といった
複数の要素を重ねて伝えます。
濡れたアスファルトの黒さ。
水たまりを踏む音の丸み。
照明がにじむ湿度。
それらを適切に配置することで、
匂いを写さずに“匂いを感じさせる映像”が実現します。
